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浦和地方裁判所 昭和36年(ヨ)88号 判決 1961年12月26日

申請人 リーダー機械株式会社

被申請人 田中義敏

主文

一、被申請人は、申請人会社川口工場(埼玉県川口市芝新町五番地の五所在)の従業員が同工場において行う就業の妨害をしてはならない。

二、申請人のその余の申請はこれを却下する。

三、申請費用はこれを二分し、その一を申請人の、その余を被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、申請人代理人は、「(一)被申請人は申請人会社川口工場(埼玉県川口市芝新町五番地の五所在――以下単に工場という)に立入りをしてはならない。(二)主文第一項同旨。(三)右(一)および(二)の公示方法として申請人の委任する執行吏は工場内に適当な公示方法を施行することができる。」との裁判を求め

二、被申請人代理人は、「申請人の申請を却下する。」との裁判を求めた。

第二、申請の理由

一、申請人会社は、肩書地に本店を、埼玉県川口市芝新町五番地の五に工場を有し、工業用ミシンおよび製靴用特殊機械などの製造販売を営業目的とする資本金五、五〇〇、〇〇〇円の株式会社である。

二、申請人は、昭和三五年九月五日被申請人との間に労働契約を締結し、同人を機械工として雇い入れた。

三、その後被申請人の行為が工員としての常軌を逸しているので、申請人は昭和三六年一月三一日右川口工場長上野光一を通じて被申請人に対し解雇の予告をなし、その際予告解雇の手当金一六、五〇〇円(労働契約上の日給一日五五〇円を基礎として、その三〇日分)を現金で同人に交付したところ、同人はその場で右金員の有無を確かめ、そのまま右上野にこれを返還したが右のごとく申請人は被申請人に対し予告解雇の手当金の提供をなしたのであるから同日をもつて予告解雇の効力が発生した。

四、仮に右三の主張が認められないとしても、次の理由により被申請人に対する解雇の効力は発生している。

すなわち、申請人は被申請人と労働契約を締結する際、同人から履歴書および身上書を提出させたところ、同人は昭和三〇年八月三日東京地方裁判所において殺人罪にて懲役六年の判決言渡をうけ、同年八月九日控訴権放棄により右判決が確定して刑の執行を受け昭和三三年一二月二二日仮釈放となつた者でありそのほか一七歳当時銃砲刀剣類等所持取締法違反で取調べをうけたことがあるのにかかわらず、これらの事実を隠し故意に右履歴書および身上書にこれを記入せず、申請人を欺罔して雇傭契約を締結した。そこで申請人は被申請人に対し書留内容証明郵便にて昭和三六年二月二日右前歴詐称の理由に基き解雇する旨の通知を出し、右通知は同月四日被申請人に到達したので、同日解雇の効力が発生した。

五、然るに被申請人は、右解雇後も申請人の承諾もなく、工場長上野光一の制止も聞かずに勝手に工場に出入し、工場で就業中の工員に話しかけたり、工場の一隅にて居眠りしたり煙草を吹かしたりなどして就業中の工員の仕事の邪魔をし、そのうえ昭和三六年四月一一日には右上野を殴打して傷害を加えた。申請人は同年三月一一日被申請人に対し工場内より退去を命じ、その後も数回にわたり工場の立入禁止、工場就業員の仕事の妨害禁止の通告をしたが応ぜず、これら被申請人の行為により一般工員の生産意欲を阻害されること甚しく、ために工場の生産能力は著しく低下し、このまま放任しておくと申請人会社は倒産の運命に遭遇することが必然である。

六、よつて申請人は、工場の占有が被申請人により現在および将来にわたつて侵される危険があるので、工場の占有権に基ずきその妨害の排除および予防を求めるため工場立入禁止と就業妨害禁止の仮処分申請に及ぶ次第である。

第三、申請の理由に対する答弁

一、申請の理由一および二記載の事実は認める。

二、申請の理由三記載の事実のうち、主張のごとく予告解雇の手当金の提供のあつたことは認めるが、その余の事実は否認し、解雇の効力は争う。

三、申請の理由四記載の事実は認める。但し解雇の効力は争う。

四、申請の理由五記載の事実のうち、被申請人が工場内に立ち入つたこと、就労中の工員と話をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被申請人は、工員達から話しかけられて言葉少く応じているにすぎず、それが作業の邪魔になつているようなことはない。なお被申請人は昭和三六年六月下旬から申請人会社の工場長の命により生産現場から隔離されている事務室に立ち入つているにすぎず、作業中の工員と接触をもつことは全くなくなつている。しかも、被申請人は同年八月以降は生活費をうるために臨時の仕事に就いており、休憩時間あるいは終業後にのみ工場に立ち入つているにすぎない。結局被申請人が工場における従業員の就業を妨害している事実はないのであるから、本件仮処分は被保全権利がなく、またその必要性がない。

第四、被申請人の主張

一、申請人主張の被申請人に対する解雇は、不当労働行為として無効である。

すなわち、昭和三五年一二月下旬頃から前記工場において組合結成の動きがあり、被申請人、申請外青野和吉および木口春吉らを中心とし、総評全国金属労働組合埼玉地方本部の指導のもとに、昭和三六年一月一一日同本部リーダー機械支部(以下単に組合という)が結成された。ところが組合活動を極度に嫌悪する申請人側は、同日社長が全従業員を集めて「外部の者と連絡して作るような組合は絶対に認めない。入社後一年に満たない者が策動している。」などと演説し、同月一三日には組合書記長小川正雄ら組合員数名に対し突如本社への配置転換命令を出し、さらに同月一四日前記青野を解雇した。申請人側のかかる組合に対する支配介入行為のため同月二〇日には三〇名に達した組合員が翌二月中旬には一二名に減少したほか、第二組合が結成された。被申請人は、右小川が同年一月一四日組合書記長の職を辞任したのでその後任に選出され活発に組合活動を指導してきた。

申請人側は右の支配介入行為に止らず、同年一月二〇日頃株式会社全国経済興信所を使つて組合員全員について身元調査を開始し、これにより被申請人の前科の事実を発見したため、この事実を口実として解雇したものである。組合結成以前に申請人がかかる興信所による身元調査を行つたことはなく、前後の事情からみて右調査が組合活動を抑圧するためのものであつたことは明らかである。

結局申請人の被申請人に対する解雇の意思表示の真の理由は、被申請人の組合活動にあるということは否定できないのであつて、申請人主張の解雇はいずれも不当労働行為として無効である。

二、被申請人は、組合活動の業務を遂行するために工場に立入る正当な権限がある。

被申請人が、工場内に立ち入つているのは組合の業務に従事するためであり、工場内の片隅の空木箱や、事務室の机の片隅において、組合の会社への通告書・ビラなどの原稿の作成、組合費の徴収および組合員との連絡などに当つているものであり、これは被申請人の組合書記長としての正当な組合活動であり、かつ正当な権限に基ずくものである。

第五、被申請人の主張に対する認否

一、被申請人の主張一記載の事実のうち、小河正雄ら三名を本社勤務に配置転換した事実および興信所の調査の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

右配置転換は、経営上の必要から行つたものであり、三名とも納得のうえであつて現に勤務中である。また申請人の興信所利用は社員の身元調査のみに限らず、信用その他販売製造の各部門にわたり広汎な調査を依頼しているもので、本件調査はその一部にすぎない。被申請人の身元調査をするに至つた事情は、昭和三六年一月五日申請人会社総務部長土井健治が年度始めの書類整理の際、被申請人の履歴書中の賞罰欄に何等の記載のないのを見出し、この事実を社長に報告し、その結果前記興信所に調査を依頼したものである。したがつて、いずれも組合に対する支配介入行為ではない。

二、被申請人の主張二記載の事実は否認する。被申請人は、組合の業務執行という名に藉口して申請人の業務遂行の邪魔をなし、申請人の工場の占有を侵害しているものである。

第六、疎明<省略>

理由

一、申請人会社が主張のごとき会社であること、申請人と被申請人間に昭和三五年九月五日労働契約が締結されたこと、申請人が被申請人に対し主張のごとき解雇の意思表示をしたことおよびその後も被申請人が工場に立ち入り、ときに就労中の工員と話をすることがあつたことはいずれも当事者間に争いがなく、右工場が申請人の占有にかかるものであることは被申請人において明らかに争わないところである。

二、工場立ち入り禁止の仮処分申請に対し、被申請人は同人が工場内に立ち入るのは組合の業務に従事するためであり、正当な権限に基ずくものであると主張するので、先ずこの点について判断する。

一般に労働者の従業員たる地位と労働組合の組合員たる地位とは別個のものであり、本件においても被申請人が現在組合の組合員たる地位を有する者であることは、申請人においても明らかに争わないところである。そうだとすれば、申請人は、被申請人に対する主張のごとき解雇がかりに有効だとしても、被申請人が組合員たる地位を有している以上、その正当な組合活動を妨げてはならないのであつて、被申請人が正当な組合活動をなすために、他の組合員全員が出勤している申請人会社の工場内に立ち入ることは或る程度受忍すべきものといわねばならない。したがつて以下に、被申請人の本件工場への立ち入り行為が正当な組合活動のためであるかどうか、および申請人の受忍すべき程度を超えたものでないかどうかについて検討する。成立に争いのない甲第七および第一二号証、証人上野光一、同土井健治、同伊藤孝三の証言、被申請人本人尋問の結果および本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると

(一)  昭和三六年一月一一日申請人会社川口工場の従業員によつて前記組合が結成されたが、その際被申請人は組合の上部団体である総評全国金属埼玉地方本部との連絡にあたるなど活溌に活動し同月一四日頃には組合書記長に選出され、以来組合の中心となつて規約・ビラなど文書の作成、会社との交渉などの組合活動に従事してきた。

(二)  昭和三六年一月二七日および同年二月四日それぞれ申請人主張のごとき被申請人に対する解雇の意思表示があつたが、被申請人および組合はこれを認めず、被申請人の就労を強く要求したが申請人側にこれをはばまれ、結局以後被申請人は就労しないまま同年七月頃までの間殆ど毎日工場へ出向き、工場の片隅に空箱を置きそこで組合の壁新聞やビラなど文書の作成、組合員との連絡および前記地方本部からくる通達指令の組合員への普及などの組合活動を行つていた。その間被申請人が右工場の片隅で煙草を吸つたことがあり、また就労中の組合員である矢作清ほか一名の者と有給休暇の問題などについて二分位の間話をし、これがため同人らが申請人から給料半日分をひかれる譴責処分をうけ、被申請人自身も申請人より「作業員に話しかけないよう注意して戴きたい。話しかけた場合は直ちに工場内より退去を命ず」という旨の警告をうけ、さらに申請人は「田中(被申請人)と話をしたら馘にする。」という旨を半紙大の厚紙に書いて掲示したので、その後被申請人は慎重になり、作業中の工員と話をすることはなくなつた。その後被申請人は申請人の指示にしたがつて工場内の事務所の中の与えられた机で前記のごとき組合活動を行つていた。

(三)  被申請人は生計を維持するため、昭和三六年八月一一日からアルバイトとして川口市の共益社という会社で毎日午前八時より午後五時まで働くようになり、その後は右仕事の関係から工場内に立ち入ることは著しく減少して週に一、二回となり、工場内にとどまる時間も通常は五、六分から一五分位になり、おおくは作業が始まる前か終了してから組合員たちと話をしてゆく程度になつた。

ことが一応認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

なお証人上野光一の証言によると、昭和三六年四月一一日春期闘争の際同人が組合員に押し倒されたことが認められるが、同証言によつても押し倒した者が被申請人であるとはにわかに認められず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

労働組合の組合員特にその業務執行の機関たる者が組合の団結を強化すべく組合員相互間および上部団体との連絡を密にするためにとる行動は当然正当な組合活動であり、前記(二)および(三)認定のごとき被申請人の工場立ち入り行為もひつきようかかる連絡を密にするための組合書記長としての行動というべく、正当な組合活動であると認められる。

もつとも、前記認定のごとく、被申請人は当初は毎日就業時間中を通じて工場内に立ち入り、ときには煙草をすつたり、就労中の工員と話をしたりするなどし、職場の秩序をやや乱した事実も認められるが、話をしたのも二回ほどで僅か二分位の間であつてその後申請人の強い警告をうけ、かかる行為をしなくなつたものであり、前記のごとく立ち入りの回数および時間なども昭和三六年八月頃からは被申請人が他所で稼働するようになつて著しく減少し被申請人は当然右稼働を継続するものと推測され、この状態がにはかに変更される特別の事情も認められないのであるから、少くとも理在の状態においては、被申請人の工場立ち入り行為は申請人の受忍すべき程度を越えているものとは認められない。

結局、被申請人の工場立ち入り禁止を求める申請人の申請は失当である。

三、つぎに、就業妨害禁止の仮処分申請の点について判断する。

前記二の(二)で認定したごとく、被申請人は工場内で就業時間内に煙草をすつたり、工員と話をしたことがあつたこと、本件口頭弁論の全趣旨から被申請人は申請人と本件解雇の効力を争い互に深刻な対立感情をもつているものと認められることおよび事実上全然就労していないのに工場立ち入り権限があるという正常でない状態が今後も続くものと考えられることなどを綜合すると、将来被申請人が工場に立ち入つた際、従業員の就業を妨害する虞れが全然ないとは考えられず、その妨害があれば申請人において生産力の低下等財産上の損害を蒙る虞れも存するので、右仮処分の申請を求める部分は、その必要性があるものと認められる。

従つて就業妨害禁止を求める申請は認容される。たゞし、この部分について執行吏による公示を求める仮処分の申請はこの種仮処分の性質上認容することはできないところであつて、申請は失当である。

四、以上のとおりであつて、これらの認定は本件解雇の効力如何に左右されるものではないから本件仮処分の申請はその余の争点を判断するまでもなく、主文第一項掲記の点については正当としてこれを認容し、その余の申請は失当としてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅賀栄 土田勇 羽生雅則)

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